おはようございます。
白王店主です。
私のお店で撮影機材に使用する什器や小物・衣服は、スタッフの私物です。
撮影に使う小道具は、スタッフや家族や親族・友人から受け継いだものが多く、撮影を機に昔の記憶や、前所有者の面影を追想することが増えます。

ヴィンテージと呼べるほどほど古くはない、いわゆる”中古時計”の場合、個体が持つ『過去の面影』を嫌う風潮があります。
例えば、時計を売りに出すとき・買い取るとき。
中古時計は、とにかく前所有者の『痕跡を消す』ことが重視されます。
一般的な中古時計業者は、時計の表面を工具で徹底的に磨き、使用の痕跡を完全に消して販売します。
この作業を”研磨”と言い、小傷や浅い打痕を消し、時計の輝きを蘇らせ、一見新品のようになります。
新品仕上げ、外装仕上げ、磨き などは、どれもこの研磨を指します。
美しく見せることもさることながら、どこから仕入れた時計なのかわからなくする、という大人の事情もあったりします。
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よく
『子どもの誕生記念に高級時計を買い、子どもの名前を彫ったその時計を大きくなった我が子に受け継ぎたい。いざというときに金にもできるように。』
というお話を聞きます。
とても夢のある計画ですが、少しだけ残念なお話をすると、お子さん自身の趣味に合わずお手放しになるケースも意外と多いです。
アフター刻印は、資産性だけを考えると、その時計の価値を損ねます。
とある質屋さんに寄った時
『裏にお名前の刻印が入っていると査定を下げざるを得ない』という店員さんに
『時計屋に磨いて消せると聞いた。自分の名前入りの商品を流通させる気か!』と迫る不毛なやり取りを見て、ちょっといたたまれなくなった記憶があります。
親の心子知らず、その逆もしかり。
お名前の刻印は、慎重に。と思った瞬間でした。
一方、私がコレクター時代、こんな経験があります。
『家のタンスから時計が出てきた。フリマで売りたいから相談に乗ってほしい』
年上の友人から、時計の真贋もかねて依頼がありました。
受け取ったのは80年製のOMEGAのクォーツ。
剥げまくったメッキを眺めながら
『クォーツだし、動かないし、この状態じゃ大した値段はつかないだろうなあ』と思いつつ、時計の中の状態を見るため裏蓋をこじ開けました。
OH歴を確認するため(この時代の時計は、歴代技術者が裏蓋に整備歴を記していることが多い)おもむろに裏蓋をひっくり返すと、整備歴とは違う、妙にはっきりとしたエッジングで年月日が記されていました。
なんだこれ?と一瞬考えたあと、はっと気づきました。
表から見えない場所に彫られていたのは、友人の誕生日でした。
私は大した値段がつかないと思った自分を恥じ、時計を返しました。
友人もこの時計に自身の誕生日が彫られていることは知りませんでした。
非常に驚き、私以上のこの時計を売ろうとしたことを悔いていました。
これを機に、その時計は亡くなった祖父様が友人の誕生日の翌日に買ったものだと分かり、その後スイス本国の修理に出したそうです(本国のOMEGAは現在でもヴィンテージクォーツの修理を受け付けるそうです。凄い)。
意外な形で時計に込められた想いが孫に伝わり、受け継がれた瞬間でした。
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冒頭で触れた『研磨』は、場合によっては外観を新品と見間違えるほどに美しく仕上げることもできます。
場合によっては刻印のような深い彫り込みも消せることもあります。
ただ、研磨は決して時を戻すわけではありません。
あくまで表面を削り取る”皮むき”のような作業です。
研磨すると表面は綺麗になりますが、本来のシルエットには戻りません。
少し痩せ、当時の面影は薄れていきます。
何度も繰り返すと、輝いているのに何となくぼんやりした印象になります。
そのため、私のお店ではお客様のご要望がある場合のみ研磨を実施しています。
入荷した商品は、時計が持つ歴史を尊重し、あえて研磨を行わず販売しております。

研磨・未研磨どれが正解というわけでなく、お客様ご自身がどうされたいか次第となります。
店主も自身の時計を磨き込むこともありますし、絶対に磨かない時計もあります。
傷だらけでギタギタの時計を少しでも綺麗にしたいという気持ちは当然わかります。
逆に、傷も思い出、時計の歴史、面影だと思われる気持ちもわかります。
モノを受け継ぐ、となったとき、そのモノがどんな歴史を重ね今この場に存在しているのか。
そのような形で生かしてあげるのがベストなのか。
想いを馳せてみるのも一興かもしれません。
白王店主
※当コラムは
WhiteKingsにて6/8に掲載した【コラム】 面影をArti Journal用に加筆・再編した内容となります。